人生の本質は冷笑されるような事かもしれない

<愚痴>

昨今のネットでは、ドパガキやら冷笑だの、まあバカみたいなワードが流行している。

 

そして、机上の空論を振りかざし、他者の劣等感を煽ろうとするインフルエンサー。。。人間を舐めるな!!!と言いたい。

 

そんなバカ(=インフルエンサーやその取り巻き)の掃きだめ。それがXであり、現代のネット全体に言える事だと思う。

 

これらのバカたちは冷笑されないような人生を生きようとする。

 

だが、そんな人生は果たして良いものだろうか。

 

人間らしさ、個人の人生の味というのは、馬鹿だなぁというか、愚かだなぁというか、狂っているなぁというか、そういう所から生まれるのではないだろうか?

 

誰のための人生か?改めて問いただす必要がある。

 

SNSの顔も本名も知らないような奴から冷笑されないための人生か?それとも自分や自分を大切に思ってくれる人のための人生か?自分の胸に聞いてみろ。それはシンプルな回答のはずだ。

 

あと発達障害だの知的障害だのグチャグチャ言ってる暇あるなら病院いけ。

 

この記事も、おそらくは冷笑されるような内容だろう。

 

<デジタルデトックスについて>

昨今の狂ったネットに支配されないための唯一の手段、それはデジタルデトックスである。

 

暇かもしれない。退屈で不安になるかもしれない。

 

でもネット無しで、その暇だったり退屈だったり不安をかき消せる。それが自分の人生を豊かにする鍵を握っていると思う。

 

ネットやスマホは自分の人生を生きずとも、時間を消費する事が出来てしまう。悪魔的なテクノロジーである。

 

<青春コンプについて>

俺は端的に言えば青春コンプレックス。あの頃にはもう戻れない。まだ子供のつもりなのに。

 

だが、過ぎ去ってしまったものは仕方ないのだ。

 

良くも悪くも帰ってこない。取り戻せない。

 

未練たらたらで過去を憂いたところで現状は何も変わらない。

 

あと異性と恋愛ができなかった事を青春コンプとする風潮には理解しかねる。別に恋愛だけが青春じゃないだろ。頭ピンクか?もっともこれは俺がショタコンだから思うことかもしれない。

 

<人生>

仮に俺がネットやスマホと距離を取り、今後ささやかな充実を勝ち取ったところで、SNSの他者から見れば冷笑対象であることに変わりはないと思う。

 

だが、俺にとっては確実に価値のあるものを手に入れているだろう。

 

人生の本質は冷笑されるような事かもしれない。

 

確かに他者から認められないのは苦しいものだろう。俺だって本当は認められたい。だがその承認を求める対象がネットの顔も本名も知らない奴で良いのか?自分の胸に聞いてみろ。シンプルな回答のはずだ。

 

そして仮に現実の誰からも認められず、それをネットの他者に求めたところで、空っぽのプレゼント箱しか手に入らない。

 

あとキレイ言になってしまうかもしれないが。。。あまり自分の人生を悲観し過ぎるな。人間は自身の人生の悲惨さ、ネガティブな部分を過大評価しがちだ。

 

ここまで書いて何をやってるんだろうと思えてきた。結局スマホとネットと距離を置いて自分の人生に集中した方が良いという自戒でしか無いな。以上。

 

 

 

性癖と人生について

<今までの色恋>

俺はショタコンを自認している。ただの逆張りかもしれないが、昔からオナニーのオカズは殆どがショタだったように思う。

 

「恋」というものが何なのか、感覚でしか分からない。先ほどショタコンであると言ったが小学生の時に、とある女子に恋をした気がする。それが初恋だったのだろうか?あまりにも昔のこと過ぎて思い出せない。まあそこまで印象深い子ではないし、転校してしまい卒アルにも載ってなかったと思う(どこまで記憶が曖昧なんだ?)ので、もはやファンタジーである。

 

6年生くらいになると、同級生のかわいい男の子とエッチな事をしたいと強く感じるようになる。俺はこのとき、自分が異常であるとは思っていなかった。どうせ誰もが思っている事だろうと思っていた。

 

実際、俺の脳内データベースによると、この年頃の男子というものは、かなりホモ寄りになる。個人差があるが、10歳~15歳くらいまではかなりホモであり、15歳~20歳くらいからホモ傾向が緩和され、異性を意識する者が現れる。ソースは超適当な俺の脳内データベースである。信用しないように。

 

中学生になると、かわいい男の子がたくさんいたので、俺はとてもドキドキしていた。非常に多くのかわいい男の子に恋をした。30人くらいだろうか。ドリームクラスが作れてしまうな(それは恋なのだろうか?性欲ではないのだろうか?)。まあそれを公言する事はなかったが。ただでさえ人権がない(結構いじめられていた)のに、更に人権がなくなってしまうと俺は恐怖に震えていた。だから必死で隠した。

 

そして俺が人生で1番恋をしたかもしれない存在が現れる。当然男の子だったが。その子の事が凄く好きになってしまった。しかし、だからといって特段何もなかった。ただ俺に凄く優しくしてくれた事を覚えており、叶うのならば、彼の隣に立ち、彼と共に人生を歩み、最終的には俺を認めてほしい。2人で幸せになりたい。みたいなことを考えていた。

 

これが異性であれば正常だったのだろうか?

 

高校以降も、かわいい男の子に対して性的欲望を抱いたり、お近づきになりたいと思いながら、それが叶うことは全くと言っていいほど無かった。

 

そして今に至るまで、かわいい男の子とは縁が無かった。一応仕事でかわいい男の子が後輩になった事があり、その時はできる限り頑張ったつもりだし、相対的に人生で輝いていた時期かもしれないな。先輩として、後輩に恥ずかしい姿を見せるわけにはいかないと躍起になっていた。まあそれは余談ではあるが。

 

ここまで長々と語ってきたのは、俺が人間らしい一面を持っているという事を表現したかったからである。ここまで語ってきたかわいい男の子への思い、それらをすべて隠して生きる事を選択しているのだ。そりゃ生き辛いのは当然だ。

 

<愚痴>

ここまで長々と過去から現在に至るまでのかわいい男の子への想いを書いて、一体何になると言うのだろう。

 

答えは何もない。

 

異性愛者が受け取れる人生のビックコンテンツを俺は受け取れないという、それだけの事である。

 

恋をして、性欲を抱き、オナニーする。その対象が俺はかわいい男の子だったという話である。普通は女性なのだろうが。

 

俺は疑っている。本当に心から女性が好きなのだろうか?と。無理をしているんじゃないだろうか?と。

 

まあ俺が少年を好きなのはただ単に、マジョリティーが好きじゃないものを好きでいたいという、ただの逆張りなのかもしれない。世の大多数が少年好きになり、それが社会的に認められた世界だったとしたら、今度は女性のことを好きになってしまうかもしれない。

 

あり得ない話なので、そんな仮定に意味はないが。

 

長々と語って一体何がしたかったのだろう。別に何ということもない。ただ普段、絶対に自分の外部に出せないものをネットの海に投げたい気持ちになった。

 

ショタコンは結局ノンケから人生のビックコンテンツを丸々取り除いた存在だ。優位性があるとすれば、ショタコンテンツを楽しむことが出来るくらいだが、それが現実では叶えられない性欲が原動力となっている時点で、救われているとは言い難い。

 

供給も少ない。まったく無いわけではないが。

 

これらのコンテンツで孤独にオナニーして死んでいくのがショタコンの人生か?いや、オナニーすらも満足にできないだろう。

 

叶わない可愛い男の子への幻想=イマジナリーを抱きながら、溺死する未来しかない。

 

ショタコンというのは、ショタとセックスできないとか、ショタと恋人になれないとか、そんな事よりも、もっと残酷な事がある。それは周囲に公言できない事だ。

 

確実に人権がなくなる、というより公言するべきではないと思ってる。俺が苦しむだけで済むなら良い(カッコつけすぎか?)。だが、俺との関わりに対して悩む人もいるんじゃないのか?(他者をなめすぎか?そんなに俺の事を気にするだろうか?いくらショタコンだからって)

 

まあそんな事を言いながら、ノンケっぽい人生を歩む努力は一切していないのだが。嫌々セックスでもすれば変わるものなのか?今更。。。

 

きれいな答えなんてあるわけもない。ショタコンなら孤独に死んでいけ。それが嫌なら女性と付き合え。

 

これが答えだろう。正直女性と付き合いたくない(付き合えない)理由は性行為をしたくないというのが大きいのだが。

 

昔、ヤラハタというワードが流行っていて、当時の俺は馬鹿にしていた。セックスなんてしなくて当然だろと。

 

しかし異端だったのは俺の方だったのかもしれないな。他の男性は女性とエッチしたいと思うものなのだろうか?

 

少々調子に乗ったことを言うと、もし俺がノンケだったなら、20代後半に突入するまでに童貞は卒業していたし、彼女も出来ていたと思う。なぜなら俺はそれなりに行動力があったから。目的のためなら、行動できる力が昔はあったから。自分がショタに向ける想いを、そのまんま女性に向けることが出来たとしたらの話である。もちろん、そんな仮定に意味はない。

 

童貞で彼女いない歴=年齢を馬鹿にされるのがイラつくので、それに対するせめてもの反論である。女性との関わりが無いことを馬鹿にするのは、ホモソーシャルの悪しき風潮だと思う。普通の男ならば出来る恋人という存在であったり、性体験ごときで、俺にマウント取ってる時点で、たかが知れている。色恋以外でもそうだ。俺にマウント取ってる奴なんて、たかが知れている。

 

なめるなよ。俺がどれほど社会不適合者で壮絶な人生を生きてきたか。俺のようなギリ健常者にマウントを取るな。

 

自分がいかに壮絶な人生を生きてきたか、それに対して特別の価値を求めようとしていたことも昔はあったが、最近は控えるようにしている。そんなの筋が通ってないから。なぜ幸福に生きている人間を批判しなきゃいけない?それに人それぞれ苦悩はある。なかったらそれはそれで良い。結局のところ、自分に集中しろって話。

 

まあ自分に集中するってのもどうなの?って思っちゃうけどな。人生は自分だけのものではない。友人がいて、家族がいて、そうなると自分の行動は友人や家族に影響を及ぼす。

 

俺みたいに比較的孤独な人間だと、実質人生は自分だけのものかもしれないが。。。

 

<客観的な視点>

俺はあまり人と関わっていない。

 

小学時代、中学時代、高校時代、大学時代、社会人時代。こういった時代を通して数多のコミュニティーに所属して数多の人間関係を築いていくのが、いわゆる普通の人間だと思うのだが、俺は本当に人間関係が殆ど無い。

 

だからなのかな。視野がやはり狭いかもしれない。

 

いつだって驕り高ぶらず、謙遜の気持ちを忘れないようにしたい。

 

<手持ちのカードでベストを尽くす?>

ショタコンという性癖を矯正できないものであると仮定するならば、リアルにおける色恋は諦めなければならない。

 

異性愛者であれば、人生の大部分を捧げるであろう色恋が封じられている。

 

これに関しては諦めるしかない。

 

足の無い人間が走れないのと同じである。意志や根性で足が新規に生えてくる事はないだろう。それと同じでショタコンが異性愛者になることや、ゲイになる事は不可能と言えるかもしれない。

 

足の無い人間が「走る」という行為に焦がれていたとしても、非建設的である。自分のハンデを受け入れ、持っているカードで人生を有意義に過ごすように模索する方が遥かに有意義である。

 

もっともそれが出来ていれば、こんなところで長々と文章を書いたりはしていない。ハンデを受け入れ、持っているカードで人生を有意義に過ごす。そんな事が出来るのだろうか???色恋が封じられた状態で。。。

 

明確な解答なんてあるわけがない。普通に考えて、かわいい男の子としか付き合いたくない!大人の女性も男性も嫌だ!

 

その主張を通すのであれば、孤独に死んでいくしかないだろう。

 

性欲だけを理由に恋人を作り、結婚するわけではない事は重々承知しているが、はじまりは、性欲なんじゃないかと思う。それを封じられているのは、しんどい。

 

不運な性癖を持ってしまったものだと思うが、仕方あるまい。

 

<性癖は変えられるのか?>

先ほどの項目では、ショタコンという性癖を矯正できないものであると仮定して文章を書き進めていたが、性癖を矯正できる可能性もないわけではない。

 

しかし、もう何年も変えられていない。

 

これが仕事であれば、馬鹿なこといってねぇで働け!!!と言われてしまいそうだが。。。

 

はじまりは嫌々、世間体のために女性と付き合うものなのだろうか?それは大多数にとって違うと思う。

 

気持ちが向かないものを無理にするべきではないと感じる。仕事とかだったら、お金が必要だからとか、そういう理由で無理にするべきかもしれないが、色恋に関してはどうなのだろうか?

 

普段のオカズですら女性ではなくショタだというのに、女性との色恋を求めなきゃいけないのか?

 

(ちなみに今年は20代ラストだ。来年には30歳になる。そんないい歳した大人がこんな事で悩んでいる時点で圧倒的に遅れている)

 

答えなんてあるわけもない。自分で答えを作るしか無い。当然だ。。。

 

<配信者K氏について>

最後にネット上で有名な配信者K氏について言及する。俺は普通にK氏のことが好きだし、カルト宗教の教祖のような気持ちで見ている。

 

バーチャル友達なんだよな。他者から対等に扱われた経験が乏しい人間にとっては、自分含めたネットの住民の大多数に向けて明るく配信してくれてるってのは、それだけで救われるものがある。

 

切り抜きとごくまれにアーカイブを見るくらいだが好きだ。しかしこの"好き"を他者に伝えた場合、否定されてしまうのだろうか?

 

たとえ否定されたとしても良い。俺がK氏を好きだと言えるならば、好きということだろう。

 

<まとめ>

長々と語ってしまったが、キリが無いのでこの辺で終わる。結局、明確な解答なんて無い。

 

これまで生きてきた全て、そしてこれから生きていく全てが、丸ごと本物になるだけだ。

 

「止まるんじゃねぇぞ」と言おうと思ったが、今の自分はもう止まる事を否定できなくなってきてる。人生を終わらせても良いんじゃねぇのか?そう疑問を感じる。しかし前向きに終わろうか。

 

止まるんじゃねぇぞ!!!

 

人生の話5

<はじめに>

大学卒業と同時に社会人になり、そして3年間が経過しようとしている。よく言われる、「とりあえず3年間働け」の3年間をもうじき達成しようとしている、そんな節目である。

 

別にブログを更新するほどの事なんて何も無いのだが、この節目に記録を付けておきたい気持ちもあり、ブログを更新することにした。

 

ショタコンについて>

この話題はもう散々出している。というより、俺のアイデンティティーと言っても過言ではない、そんな呪われた性癖なのだ。

 

俺の願いは、「ショタになってショタと恋人になる」こと。

 

絶対に叶わない。

 

ショタをオカズにオナニーしながら一生を終えるのか、長い物に巻かれ女性と恋人になる事を目指すのか、はたまた同性の男性と恋人になる事を目指すのか。

 

ハッキリ言って今年で28になる男の考える事では無いんだよな。この年齢で彼女いたことないなんて異常だと思うし、自分と同じくらいの年齢の男性の殆どはホテルで甘々セックスとかした事あるのかと考えると、コンプを抱かざるを得ない。

 

それどころか結婚も視野に入れるような年齢だろう。家庭を持ち大黒柱となっている男性がいるなかで、1人ベッドでショタのエッチな妄想でオナニーしている俺とは。。。パンツに中出しオナニーだってよくやってる。パンツを精液でベチョベチョにして、自分で自分を慰める日々。。。

 

仕事に熱中しているとか、同性の友達がいっぱいいるとか、人生経験が豊富だとか、趣味に熱中しているだとか、そういうのなら全然良いと思う。童貞なんて些細な問題だよ。ショタでパンツに中出しオナニーしてても些細な問題かもしれない。でも俺は違う。

 

俺は...何も持ってない!!!

 

そんな何も持ってない自分が唯一足掻いている事、それが筋トレである。でも筋トレも大したことない。

 

<筋トレについて>

筋トレで何かを持っていると自称するなら、最低でもベンチプレスのMaxが80kgくらいはないと。俺はMax60kg(計算上の1RM)しかない。しかもMax60を超えたあたりから微動だにしなくなった。半年くらい停滞している。

 

セットで50kg組めるようになって、満足してしまったというのもあるだろう。しかもセットで50kg組めるってのも、相当見栄を張っている。フォームが滅茶苦茶なので、ちゃんとしたフォームでやったら、20kg(重り無し)が適正かもしれない。仮にも1年以上ジム通い続けているのに、なんなんだ。

 

筋トレをやる意味もよく分からなくなっている。ただ筋力を付ける前から文句を言うのは負け惜しみだと思うので、とりあえずやっているという姿勢である。

 

まずは70kgを超える。そして80kg。現状は、まだまだ足りない。もっと精進しなければ。

 

<社会人4年目に突入>

特に何もいう事が無い。自分のキャリアを考えた方が良いのかと思いつつ、俺のような社不は現状維持が最適であるという気持ちもある。いつクビを切られるか分からない派遣なのだが。こんな曖昧な気持ちで仕事をやって、プライベートも何も充実しないまま終焉を迎えるのだろうか。

 

こんな悲劇のヒロインぶった文章を書いたが、恵まれていると思う。前の職場はホワイトだったと思うし、今の職場もホワイトだと思う。そりゃ、完璧なユートピアとまでは行かないが、それでも現実的なラインを考えると、大分ホワイトであると思う。

 

今のところで切られても、誰も助けたりはしない。全部自分で決めなきゃいけない。

 

<やってきたこと>

去年の10月くらいから、1か月に1回は新しい事、挑戦的な事、人と関わる機会を作ろうという目標を立てて実行してきた。LGBT系のイベントに参加したり、ボランティアに参加したり、ツアー的なものに参加したり、競馬を体験してみたり。

 

小さな事だと二郎系ラーメンの店を巡ったりもしていた(これは10月より前からやっていたかも)。

 

だからと言って特段何かがあったわけじゃないが、家に引きこもっているよりかは良かったんじゃないかと思う。

 

あと家で引きこもってやった事だが、有名実況者である加藤氏のアマガミを視聴したりもした。ノンケ向け恋愛ゲームの実況動画を見たというのは、かなり大きい進歩ではないだろうか。

 

<情けない話>

Xで展開されているAIを使ったオナニーにハマってしまった。Rom専垢でXプレミアムに入って8000円課金したほどだ。1か月経つので、もうすぐ期限が切れてしまうのだが(サブスク解約済み)。

 

ショタのオカズというのは少ない。故に深刻なオカズ不足に悩まされている。自分でプロンプトを与えて文章だけとはいえ、オカズを無限に生成してくれるというのは中毒性が高い。

 

最近は飽きてきたが、こいつのせいでオナニーの頻度が増えた。特にパンツに中出しオナニーが。もうやらんと思う。多分。

 

<他者について>

親や数少ない友人に対して、恩返しのような事をしたいと考えている。これは考えているだけで行動に移せていない。

 

いつも自分が自分が...って考えてしまう癖があるけど、他者を喜ばせるってどうすれば良いのかなって。

 

そうやって他者の事を思いやった事が、今まであまり無かったなと思う。

 

特に親に関しては、いつまで生きているか分からないので、プレゼントの1つくらい送っても良いんじゃないかと思う。

 

<目標>

来年度の目標を何も立てないというのも、どうかと感じる。

①ベンチプレスのMax重量が70kgを超える

②引き続き1か月に1回は価値ある経験を積めるようにする

 

もっと具体的に立てたい所だけど分からない。このまま何もできずに人生終わっていくのかな。

 

<まとめ>

自分が何を出来るかって事は常に考えて、行動に移していきたい。締まらないが、あまり長々と語っていても仕方あるまい。

 

止まるんじゃねぇぞ。

雑記

<愚痴>

記事を書くのもしんどいのだが、最近というか、前々からウンザリしている事があるので、ここに書きたいと思った。

 

Twitter(現X)をよく見ているわけなんだが、どいつもこいつも、異性があーだこーだ、恋愛があーだこーだ、容姿があーだこーだ、セックスがあーだこーだ...

 

いいかげんにしろ。ウンザリだ。

 

それ以外でもウンザリしている。

 

手取りがあーだこーだ、投資があーだこーだ...

 

同情を引くための自分かわいそうアピール、異性と関わっている奴に対する嫉妬、他者を馬鹿にしたツイート...etc

 

こんな事を言うからには、自分自身は上記のような不愉快なツイートを全然しない、お手本なのか?と聞かれたら、それは微妙なところではある。

 

ただ自分の気持ちに嘘は吐かないようにしている。ぶっちゃけ俺が何をツイートしても、反応なんて大して貰えないわけで、誰かからの反応を貰うために脚色する必要は無いんだわ。

 

俺は嘘を吐くくらいなら、ツイートしない。

 

そりゃ反応を貰いたい気持ちは俺にだってある。承認されたい気持ちは俺にだってある。ただ、嘘を承認されたって嬉しくないと思ってる。

 

「大して思ってもないけど、こういうツイートしたら反応もらえそうだな」みたいないいかげんな気持ちでツイートしたくない。

 

虚言にまみれた奴も、他者からの承認を得られるなら、それで満たされているのかもしれない。

 

ただ俺は虚言を吐いた所で、他者からの承認は得られない。だから虚言を吐くメリットが無い。素直さを捨てて、自分自身にすらも、嘘をついてしまったら、俺は最後の砦を失うことになるだろう。

 

筋トレで記録を更新したとか、他者から相手にして貰えたとか、珈琲が美味いとか、遅刻せずに出社できたとか、"いいね"が貰えないとしても、そういう人生の中の小さな花火に目を向けるべきなんじゃないのか?

 

(人生の小さな花火の例が、頑張っても、これだけしか思い浮かばなかったの、自分の人生が乏しい証拠なのかと思ってしまった)

 

小さな花火を蔑ろにしている奴が多いように思う。

 

手取りが13万で自宅と職場の行き来で人生おしまいみたいなツイートする奴が、Xにだったらいるだろうけど、まず大前提として、フリーターだろうが何だろうが、働いているってのは、その時点で偉いと思う。そこを認めずして、ただ、それに該当するであろう人を侮辱するだけ。

 

そんなんで人生は終わらねぇよ。軽々しく人生おしまいとか言って、反応を貰おうっていうヘラヘラしたてめぇの根性にムカつくし、特定の人を侮辱しようという態度にもムカつく。

 

ひととおり愚痴を言い切ったので、ここら辺で区切る。

 

<ショタコンである事に対する嘆き>

自分はショタコンだ。なので女性に対しての性欲補正が無い。ここが、世の中の大半の人間と、イマイチ分かり合えないと感じてしまう大きな要因となっているように思う。

 

性質が悪いのは、対象が女性に向かないだけで、自分も世の中のマジョリティーである性欲の奴隷と変わらないということだ。マジョリティーが性欲の奴隷なのか?というのは分からないが、多分そうだと思う。

 

ショタコンはしんどい。

 

まず現実でショタと結ばれる事は、普通の異性と結ばれることよりも、遥かに難易度が高いと思う。そして自分は少年との関わりが全く無い。

 

じゃあ2次元に逃げようと思っても、2次元コンテンツも充実してない。ロリコンなら、ごちうさきんモザロウきゅーぶ等の大人気アニメがあるし、大して探してないけど、エロゲー恋愛シミュレーションゲームなんかもあるんじゃないかと思う。

 

その点、ショタコン向けのコンテンツは壊滅的だ。まずショタコン向けのアニメは存在しない(自分調べ)。少年メイドや、暗殺教室、逃げ若などが該当するかもしれないが、ストーリーがあまり好みではない。食わず嫌いかもしれないが。それにショタという要素も、おまけでしか無いように思う。

 

気持ち悪くなってしまうかもしれないが、ごちうさの男バージョンみたいなのがあれば、理想に近い。ココアが男で、チノが可愛い男の子。

 

それにロリコンという事は、女に興奮しているわけで、頑張れば、確実に人権があるノンケになれる可能性がある。

 

ショタコンだったら、頑張っても、あまり人権がないゲイ。。。

 

この差はいったいなんなのか。

 

まあショタコンも頑張れば、確実に人権があるノンケになれるかもしれないけど、本気出して得られるのが、女からの承認、女と恋人になる事だとしたら、俺は一生孤独でも良いかもしれない。

 

突然だが、おそらくネット上でも触れた事がない自分の汚い所をここで暴露しようと思う。自分は子供の男の子なら誰でも良いとは思ってない。子供の男の子の中でも、顔が可愛い男の子が良い。容姿が可愛い男の子が良い。ショタに対してルッキズムを抱いてしまっている。

 

愛するショタを汚い目で見てしまっている。ノンケなら、平等にショタは尊いと思っているだろ、知らんけど。性的欲求が絡んでいるが故に、愛する対象であるはずのショタを尖った目で見てしまっているように思う。

 

自分より弱くて可愛い男の子を、この手で支配したい。そういう加害欲求もあるように思う。超擬態して良い感じに訂正すると、自分より弱くて可愛い男の子を守りたい。また自分より弱くて可愛い男の子に、膝枕をしてもらって、涙を受け止めてもらいたいという気持ちもある。自分自身も弱くて可愛い男の子になりたいという願望がある。グチャグチャだ。全部妄想だから当然だけど。

 

もう疲れた。女と恋人になる事を考えても全くときめかない。たとえ容姿が自分好みだったとしても。

 

ちなみに女でも若干の性欲を感じる事はある。チノちゃんみたいなロリに近い感じの可愛い系だ。そういう子と付き合える事を想像しても、ときめかない。まああり得ないが、仮にそうなっても、自分が理想とは遠くかけ離れた男だからだ。そんな状態じゃどう足掻いてもときめかない。

 

性欲ブーストが弱いというのもあるかもしれないが、やはり男としての役割を求められる事からの逃げというのも、ショタコンという性癖になった要因の1つであるように思う。

 

もう疲れた。かわいい男の子のお姫様になりたい。出来ればありのままの自分をお姫様として認めてほしい。自分自身がショタ(=弱くて可愛い男の子)になりたいという願望も結構強かったりする。まあそれも全て妄想なのだが。

 

もう疲れた。助けてくれ。こんなどうしようもない思考をしている自分の行きつく先は虚無しかないだろうか。

 

孤独だ。ノンケなら、彼女がいない事をネタにできるし、素直になれるのに、そんなことすら出来ないとは。理解もしてもらえるかもしれない。

 

俺は昔から、同性の男の子に拒絶され続けてきたように思う。また弱いので虐められていた。そのコンプレックスがショタコンという性癖になって現れたように思う。

 

救われるわけがない。年上の男を好きになる可愛いショタなんているわけがない。そして自分は会話すら出来ないだろう。

 

ショタをおかずにしながら、オナニーすることが、自分にとっての最大の幸福なのかもしれない。永遠に孤独で、理想を抱いて溺死する。。。

 

俺の人生は一体なんなんだろう。なんで誰も助けてくれないんだ。そもそもこんな人生になっている事がおかしいじゃないか。俺がどんなにクズな態度を人様にとってきてたとしても、自分の辛さを伝える努力をサボってきたとしても、なんでこんな人生になるまで、誰も助けてくれなかったんだ。

 

クソメンヘラな事を言っている。実際は手を差し伸べようとしてくれた人は数多くいた。しかし俺は、それを無下に扱うような事ばかりしてきた。そしてそれは"今"もそうかもしれない。

 

最高文字数を突破したのではないかと思う。年齢を積み重ねることで、フラストレーションも段々高まっているのかもしれん。

 

何もしないで救済を得られるとは思えないし、思いたくもない。現実は凄まじく現実的だ。

 

自分がゲイになるかノンケになって恋人を作れば、それが救済になる可能性はあるし、本気を出せば両方あり得ると思う。しかしショタと結ばれるなんて事は無いだろう。最期に性犯罪を起こして、儚い花火を咲かせ、死んでいくような悲しい結末は嫌だなと思う。そんな事をするくらいなら、虚無の花火を咲かせ、誰からも、何の感情も寄せられることなく、死んでいく。カッコつけすぎだな。大してカッコよくもないが。ただただ寂しい。。。

 

結局、世の中は人間関係なのかと思うと気が狂いそうになる。自分は昔から、他人から拒絶されてきたから、1人で何とか人生やれないかと考えてきたが、やっぱり他人の力が必要なんだなぁということを感じている。

 

救いがないように思う。

 

どうせ何もないし心理学でも勉強するか。

 

大学の学部を情報系か心理系で悩んだくらいには、実は心理系に興味がある。就職のことを考えて、情報系を選んだが、結局情報系とは全く関係のない職に就くことになった。

 

それか動物を飼いたいと密かに思っていたりもする。どうせ孤独で死んでいくくらいなら、ペットと共に生きたいという気持ちがあったりもする。まあペットとはいえど、責任は重いし、今のままじゃそれも遥かに遠い目標だ。

 

友達をつくるとか恋人をつくるとか、ひねくれず、世間のアドバイスを素直に聞くとしたら、それらが正しい。

 

さんざん、人生の正解を考えてきたが、結局俺は他人を求めている。それは正解だと思う。しかし俺では、それが出来ないのではと考えていたりもする。

 

もう疲れた。ショタとエッチしたい。もうやだ。

 

魔法なんてないけど、この状況で俺が希望を見出して、救済されたと感じられる日が来るとすれば、それは他の人にも希望を与えることにもなるかもしれんな。特にショタコンの人にとって。そして、そんな日には、恐らく隣に人間かペットがいるだろう。自分以外の生物との繋がりなくして、救済はあり得ないと思っている。

 

あんまり前向きな気持ちじゃないけど、このまま続けてもキリがないので、オルガの言葉で締める。

 

止まるんじゃねぇぞ。

 

<追記:2024/08/26>

カウンセリングを受けようと思う。ショタコンである事も隠さずに話す。確実に実行する。無理矢理、地獄の苦しみを味わってでも、やらなきゃいけない事だと思う。

人生の話4

<はじめに>

人生の話2を書いたのが、社会人1年目の最後だった。今回は社会人2年目の最後の記録として、人生の話4を書きたいと思う。書き終わる頃には4月になっているかもしれないが。。

 

人生の話2で遅くても1年後くらいに進捗報告をすると約束した。今回ブログを更新しようと思ったのは、その約束を果たすためでもある。

 

社会人2年目の成長を客観的に事実だけ記したいと思う。

 

<筋トレの話>

ジムに入会して、ベンチプレス40kgを10回上げられるようになった。これは最近の事だ。今でもジムに行くのは怖いのだが、周囲の人を見てみると、自分の世界に入ってる人が多いように思う。良い雰囲気だなと思った。

 

体重は最近測ってないので分からないが、大きく変わっていないと思う。体型もあまり変わっていないと思う。写真をとれば変化があった時に分かりやすいと思うが、変化が無い事が明確に分かると、しんどいのでやりたくない。こういう所が弱いのだろうなと思う。

 

<性癖の話から人生の話まで>

童貞は卒業していない。そもそも性的に女性と交わることに対して抵抗があるのだ。かといってゲイというわけでもない。ショタコンではあるが、ゲイでは無い。しかし最近ショタに対しても、実はそこまで好きじゃないのかもと思い始めている。

 

言い訳としては、ショタコンだから、童貞だし恋人がいないのは当たり前。もしもマジョリティーで普通に女性が好きだったなら、童貞は卒業しているかもしれないし、恋人だっていたかもしれない。

 

ただ自分がショタコンなのは、子供時代に未練があるからだったり、自分より弱い男を支配したいという褒められたものではない感情があるからだ。

 

女だって肉体的には自分より弱いのでは?と思われそうだが、女に勝っても嬉しくない。女は弱いのが当たり前だから。

 

ショタコンになったのは、男社会での敗北が原因であると思う。強い男から見下され、当然女からも見下される。そんな自分を正当化するには、可愛い男の子に欲情するしかない。

 

こんな性癖を抱えて26年間生きてきた事が恐ろしい。小5か小6くらいには、同性の男の子の事を性的に見ていた。あくまで可愛い男の子限定ではあったが。

 

かといって可愛い男の子にボディータッチしたり、エッチな事をしたかと言われたら、していない。自分はショタコンである事を隠していた。ショタコンだと悟られたりバレる事を恐れていたからだ。

 

もしもショタコンである事がバレたなら、人権が無くなると思っていた。まあ同年代の男の子に欲情していたら、ショタコンではなく、ホモだと言われるだろうが。

 

ただでさえ無気力なのに、性癖すら明かせないから、本当に自己開示できない化け物みたいになってる。昔から。しんどかった。

 

同年代が女に大興奮しているテンションに付いていけなくて、苦しかった。

 

ゲイならまだ救いようがあるかもしれないが、ショタコンだから無理だ。まあ自分より弱くて可愛い男なら、成人してても平気かもしれないが、そんな男はまずいないので無理だ。正直自分が犯されるのでは無いかと恐れている。

 

自分は弱い立場になることを恐れている。雑に扱われて惨めな思いをするくらいなら、ひとりぼっちの方がマシだ。そういう考えで、自分は普通の人よりも孤独な人生を生きているのだろうな。

 

虐められていくうちに段々と、人に話しかけるのが怖くなった。本当の昔はあまり人に話しかける事に抵抗が無かったように思う。もしも運動が出来るとか、体格に恵まれているとか、虐められにくい要因があって、あまり虐められてなかったら、人にガンガン話しかけるウザいタイプになっていた可能性もある。

 

そんなコンプがあるから、筋トレに興味を持っているという背景がある。それ自体は悪い事じゃないし、むしろ尊い事だとすら思うけど、実際は大した成果出せてないし、どんなに頑張っても、上には上がいる。何より自分は低身長なので、その時点でもう。。。って感じなんだよな。

 

低身長もコンプだが、自分より背が低い男も普通にいるので、そんな人がいる中で弱音を吐くのは甘えかなと思う。自分は、最下位が当たり前の世界で生きてきたので、自分より恵まれていない人がいる分野に関して、卑屈になるような事はしたくない。ちょっとカッコ付けすぎたかもしれない。

 

自分が恋人いないのは、性癖もあるが、能力が低いからというのもある。

 

自分は理解力が足りないし、常識が足りない。単純に頭が悪い。

 

だから他人の人生を背負うというのが、しんどく感じられる。

 

いや、これもカッコ付けすぎだな。そもそも話が出来ない。

 

会話が出来ないと思われる。ずっと逃げてきたから。自分の中身が空っぽ過ぎて話せる事がない。

 

人と会話ができない!!!

 

これ、1番の課題だな。今年で27歳になる男性の1番の課題が「人と会話ができない」とは。。。

 

別に孤独でも問題はない。納得してるなら。でも人とワイワイしたい感情が俺にもある。。

 

まあこの年まで、人とコミュニケーション取れなかったんだから、もう無理じゃね?という感じも正直ある。

 

ショタコンで女に興味も持てないから、男と風俗の話になったら、虚無になるしかないから本当にしんどい。せめてノンケだったら救いようがあったのかな。

 

別に性癖を隠していても、他に自己開示できる趣味なり、話題なりがあれば問題ないんだろうけど、俺は頭が悪いから、そんなものは無い。

 

それなのに大コンテンツである、女にすら興味持てないって致命的だよなと思う。

 

長々と性癖の話から、人間関係の話まで語ってしまった。これからどうしようって感じだよ。

 

<プライベートでの人付き合い>

1年目では一切無かったが社会人2年目、前派遣先の人と何回か飲み会に行った。

 

飲み会のきっかけだが、とある陽気な人が飲み会をしたいと提案した事がきっかけだった。自分も派遣先で仕事上での繋がりがあったので誘われた。

 

もし、その陽気な人がいなければ、自分は飲み会童貞を卒業できなかったかもしれない。成人する前は大学だとかで、何回か飲み会に参加したが、成人してからの飲み会は、これが初めてだった。当時25歳。20代前半に一切飲み会の経験が無いって化け物ではないだろうか。。

 

成人してから、誰とも酒を飲んだ事が無いというわけではないが、新規性という意味では、飲み会童貞卒業といっても差し支え無いと思う。

 

そこで、恋人があーだこーだという話が出てきて、俺の付き合ってる友人だけが女に興味あるわけじゃないんだなという風に感じたりもした。

 

ただ酒飲んで話聞いてるだけだったりで、あまり会話に入れた感じはしないけど、1人で過ごすよりかは、良い経験させてもらったと思う。感謝しかない。

 

<人間関係>

前派遣先の人は良い人ばかりだった。ただ例外はいた。当たりが強くて怖いと思ってた人が1人いて、当時はその人の事を考えては、仕事に行きたくない等と考えていた。その人は社会人2年目の4月か5月あたりに異動になって、会わなくなったので、救われた。

 

ちょっと当たりが強い人がいると、自分にとっての天敵になってしまう。これも課題だな。「会話ができない」事と繋がりは若干あると思う。

 

弱い自分でもやっていけるんじゃないかと思ったりするけど、人の善意に生かされてるだけだったりした。

 

また、良い人認定している人でも、ちょっと俺に対して当たりの強さを感じたりした事もある。ただ総合的には間違いなく良い人だったなと思う。

 

前述の人が悪い人だったかと言われると、それもどうかと思うのだが、比較的厳しい人ではあった。気のせいかもしれないが、俺はそう感じてしまった。他の人がどうかは分からん。

 

ただその人に対する苦言を他の人が言ってたりした(これは俺の願望であって幻かもしれない)。あの人に対してマイナスな感情を抱いているのは、自分だけじゃないんだと、ちょっと安心したりした。

 

<現在の話など>

別の派遣先に行き、先が見えない状態だ。もしかしたら、苦手な人が現れるかもしれない。

 

このまま派遣社員を続けるのもどうかと思うので、派遣先の社員になりたい気持ちもあるが、派遣会社に邪魔されそうだ。

 

自分は派遣会社の社員になってしまっているので、無理かもしれない。

 

まあ無能なので、社員になってしまって良いのか?という考えもある。説明された事も理解できなかったり、忘れてしまったりする。そのため立場が上になった時に、立場が下の者を指導できない。。

 

こういうのを杞憂というのかもしれない。

 

ただ前派遣先でも、どうやって教えるか?というのは迷ったりした。いいかげん、適当にやっている所、自信がないけど〇〇だろうと考えてやっている所があり、人に教えるという事に対して凄くプレッシャーを感じていた。

 

人によって言ってる事が違ったり、効率的ではない事を教えられたり、教え方が悪かったりと感じたこともあるので、俺だけの問題ではないのかもしれないが、教える側の苦悩や課題もあるなと感じる。

 

正確ではなくても、断定口調で教える方が良いのかもしれない。その方が教えられる側も安心するだろう。

 

自分の中で、完璧に近い理解が出来ている分野であれば、教える事はそこまで負担ではないんだけど、曖昧だったり、自信が無い分野だと教える事もかなりプレッシャーを感じる。

 

仕事を教える側だと、正確に分かりやすく教えられるかというプレッシャーがある。教えられる側だと、言われた事を正確に吸収できるかというプレッシャーがある。しんどいな。

 

特にやりたい事もないし、現派遣先は比較的良い環境だと思うので、なれるなら社員になりたい。

 

正社員じゃない(派遣元の正社員ではあるが、それは無効とする)事よりも、人生が充実していない事の方が問題な気がするが。。。

 

立場が派遣だと、堂々と社会人だとは言えないのが辛い。正社員に比べると、大した仕事していないんだろうなとか思うと、それもコンプだ。大学まで行って何やってんだって感じではあるんだが、今更感ある。親に多大な金を使わせたのは悪いけど、自分基準だと妥当な所に収まっていると思う。

 

長々と語ってしまった。それだけ濃い1年を過ごせたのかもしれない。プラスに捉えよう。

 

ショタコンで恋人も作れそうにないし、人とも会話できそうにないし、このまま年食って孤独に死んでいくのだろうか。。虚無だ。。

 

このブログを書いてる途中で気持ちよくなって、PCのキーボードを叩く事が止められなくなった。止まるんじゃねぇぞ!

 

筋トレは続けていくとして、他には何をしようか。。

 

新年度が始まってしまう事に対して焦りと不安しかない。

 

社会人2年目の進捗としては、ジムでベンチプレス40kgを10回上げられた事、前派遣先の人とプライベートで何回か会った事くらいかな。

 

それ以外も細かいのはあるけど、大きいのはその2つだな。

 

(あとカイジの原作を沼編まで読破した。カイジは神作品。)

 

プライベートで会えたのは、自分の力というよりかは、陽気な人が働きかけてくれたからってのが大きくて、宝くじに当たったようなものなんだけどね。

 

職場で話しかけられてもコミュ障で、自己開示も大してしなかったのに、話しかけてくれたり構ってもらえたり、本当に良くして貰えたなと思う。

 

派遣なんか駄目、バイトなんて駄目。まあそういう意見もあるけど、無職で家に引き籠っているよりかは絶対に良い人生を過ごす事が出来たな。正社員だったらもっと濃い経験が出来たかもしれんけど、そんなの分からないしな。

 

無職だったら、正社員になろうとしたり、家業の手伝いをさせられたり、それはそれでドラマが生まれたかもしれんけど、そんな仮定の話をしたところで意味は無い。

 

少なくとも、俺が過ごした時間。それは本物だ。凄い当たり前の事を言ってるな。

 

社会人3年目と言うと、人生まだまだじゃないか?と思ったりするが、今年で27と考えると「えっ...?今まで何してきたんだ。。。」という気持ちになったりする。

 

でも俺にしては、大分良い生活、経験をさせてもらえたように思う。あくまで自分の中では。

 

<戯言>

平和ボケというか、幸せボケしてるんだよ。普通の人って。だからそんな奴の言葉を聞いてもリアリティーを感じられない。心に響かない。主にネット見てるとそう思う。ネットは本来交わる事がない層とも交わるから、劣等感を強く感じる原因かもしれない。

 

だって1人ぼっちだったら、他人が何しているかなんて情報入ってこないからね。せいぜい聞き耳を立てるくらいだろ。でもネットだったら、リアルがぼっち人間であっても、そういう情報が入ってくる可能性がある。

 

真実は知らない方が幸せなのかもしれない。

 

小タイトルに戯言と書いてあるが、このブログ全部、戯言みたいなもんだった。。

 

キリがないので、この辺でまとめに入ろうかなと思う。

 

<まとめ>

長々とブログを書き、その間に日付が変わっていた。4月1日だ。新年度だからといって何かが変わるわけでもないし、こんなブログを書いたからと言って直接何かが変わるわけでも無い。

 

終わったことより、今後どうしていくかが大事だからな。

 

筋トレを続ける。ベンチプレスはしている。ダンベルスクワットはしてるけど、バーベルスクワットはしていない。デッドリフトはしていない。デッドリフトは腰を痛めそうなイメージがあって敬遠している。

 

インクラインダンベルベンチ、サイドレイズ、バーベルスクワット、デッドリフト、腹筋ローラー等、何でも良いから新規の種目を増やしていく事が、直近の課題かなという感じがする。

 

新規の種目/概念を覚えるのは大変だし、慣れてない種目だと周囲の目も気になったりしてしまうけど、そういう壁を超え続ける事が大事なのかもしれない。

 

人間関係はどうすれば良いのか分からん。どうなりたいかも分からん。理想だけ言えばショタとイチャイチャしてみたいけど、現実的では無い。2次元でショタ欲を満たしてくれるコンテンツ無いかな~

 

また「人と会話ができない」という課題もある。曖昧になってしまうけど、何でも良いから人に話せる話題を持つという事が大事になってくるかもしれない。

 

あと排尿恐怖症を治したい。これは無理なのではないかと思ったりするが、社交不安症に関する本を買ったので、読んで少しでも知見が深まれば嬉しい。治らなくても知見が深まれば無駄にはならない。

 

いつもの記事に比べると長めになってしまったな。これ以上は行動で示すしかない。言葉でいくら示した所でキリがないし何も変わらん。また節目が来たら、ブログを更新するかもしれない。

 

止まるんじゃねぇぞ...!

雑記

ツイートに価値を求めるな。ツイートより行動しろ。ちゃんと行動してれば言葉なんていらねぇんだよ。

 

俺はもう1度、花を咲かせたい。

 

俺が最後に花を咲かせたと言えるのは、大学を卒業した事だ。

 

筋トレで成果を出す。これは俺がどうしてでも、やらなきゃいけない事だと思う。

 

恥ずかしながら、筋トレをサボってしまい、目標が具体的に定められていない状況だ。

 

Twitter中毒だから、自称社会不適合者とか自称イケてない奴をよく見るんだよ。実態は知らないけど。でも本当に社不だったり、イケてない奴って目立ってないと思うんだよ。

 

俺はそういう声なき声があると思っていて、そういう奴等に、ほんの少しでも希望を与えられる存在になりたい。

 

そのためには、俺が俺自身を少しでも救済することに価値があると思っている。具体的には筋トレで成果を出すことだ。今の俺には、これ以外思いつかない。

 

あの某有名配信者だって、朝起きたらスペシャルとか働いてるだけで偉いとか言っていた。俺はかなり救われたよ。彼がいなかったら、今頃仕事してないかもしれない。仕事といっても派遣だけど、それでも俺にはかなりの勇気が必要だったよ。

 

Twitterとか見てると、ポジティブな考えをツイートしてる人はあまり見られない。

 

手取りがどうこうとか、キャリアがどうこうとか。

 

俺が底辺すぎるだけかもしれないけど、そんなのどうでも良いだろって思うんだよな。

 

俺の数少ない人生経験から言って、穏やかな人ばかりじゃないんだよ。怖い人とかだっていっぱいいる。

 

そういう人らに対抗するためには、意識高いツイートや文章を見ることなんて大して価値がない。筋トレしかないよ。

 

穏やかに生きられたら、それだけで良いと思うんだよな。手取りとかキャリアとかどうでも良いだろ。苦労は買ってでもしろと言うけど、どうせ苦労なんて勝手にやってくるんだから、できるだけ楽すること考えてた方が良い。

 

他人に見られることは、想定してないので、言葉が足りない所が多いと思う。

 

色々言ったけど、結局俺が言いたい事は、「もう1度、花を咲かせる」

 

追記(2023/11/08):2ヶ月近く筋トレをサボってしまった。でも再スタートする。もう止まれない。

人生の話3

<筋トレ>

最近、筋トレのモチベが微妙だ。その理由は、仮に「成果を上げたとして、何になるのだろうか?」という虚無感に近い感情が、心の何処かにあるからだろう。

 

極端な話だが、100kgのバーベルをスイスイ持てたなら、大抵の人間は怖くないだろう。なぜなら、大抵の人間は100kg未満だからだ。

 

そんなわけで、「成果を上げたとして、何になるのだろうか?」という疑問は、100kgのバーベルをスイスイ持てるようになってから言え!

 

...と言われたら、ごもっともだ。極論ではあるんだけど。

 

現実的なラインとしては、今の自分の体重(50kg)より重い、60kgのバーベルを持てたら、筋トレで成果を上げたと言えるだろう。

 

ちなみに、人生でバーベルを1回も持ったことが無い。

 

何故ならフリーウェイトエリアに怖くて、入れないからだ。

 

なんて情けないんだろう。。

 

今の自分は、バーベルを持つという事すら達成できていないんだ。そんな人間が60kgのバーベルが、あーだこーだと言ってるの、滑稽だろ。

 

というわけで、バーベル童貞を卒業する事。これが目標だ。。

 

<成長>

前回の「人生の話2」で具体的な"成長"を挙げたので、現在どうなっているかを確認したいと思う。

 

・ジムに入会する→出来た!

・筋トレで成果を出す(ベンチプレス80kg上げる等)→0に限りなく等しい

・体重が5kg以上増える→0に限りなく等しい

・童貞を卒業する→0

・自分から友達を遊びに誘う→0に限りなく等しい

・今までプライベートで会わなかった人と会う→0

SNSで他者と馴れ合う(今はあまり出来てない)→0に限りなく等しい

 

ジムに入会した事だけだな。成長と言えるのは。でも、これは、自分でも褒めたいと思う。見学も初回行くのも凄い怖かった。本当によくやったと思う。

 

ちなみに今もジムに行くのは、まあまあ怖い。でも継続だけはしっかりしている。俺は止まっていないんだ。止まらない限り、道は続く。

 

<独りぼっちは、寂しい>

今まで、比較的孤独を貫いてきたが、とどのつまり、俺は他者から認められる事を求めていたんだ。

 

筋トレにおいても、自分で自分を認められれば、それだけで十分と考えていたが、やっぱり他者から認められたいんだ。

 

筋トレで成果を上げれていない自分が言うのもアレだが、仮に成果をあげても、それが他者から認められなかったら、結構な虚無感を感じる事になると思う。

 

本記事の冒頭でも述べた「(筋トレで)成果を上げたとして、何になるのだろうか?」という虚無感に近い感情。。疑問。。

 

他者から認められさえすれば、充実を得られるかもしれない。。

 

ちなみに筋トレ以外なら、俺は成果を上げたことがある。人生で最大の成果と言っても過言ではないだろう。それは大学を卒業した事だ。

 

でも虚しかった。

 

6年間もかけて大学を卒業したのに、なんでこんなに虚しいんだろうと、強く感じた。

 

それは自分で自分を認めても、他者からは認められなかったから。

 

独りぼっちだったから。

 

独りぼっちは、寂しいもんな。

 

他者からの承認を得ること、他者との繋がりを持つこと。それが出来なければ、俺はきっと自分の人生に納得する事はできないだろう。

 

今までずっと、比較的孤独を貫いてきたけど、俺は他者を...人間を...求めていたんだ。。

 

希望は...夢は...人間とは別の何か...他のところにあるような気がしてたけど...そうじゃない...!人間が...人間がつまり...希望そのものだったんだっ...!

 

孤独のままでは、限界がある。俺が思い描く充実した人生には、他者が...人間が必要だ。強く感じた。その事を忘れないように、ブログの記事にして、残しておきたいと思ったんだ。

 

カッコつけずに言えば、「ぼっち卒業」というわけだ。「ぼっち卒業」が俺には必要だ。

 

止まるんじゃねぇぞ。